Creators' Talk

vol.1kamikenevol.2Yasushi Kajikawavol.3Oak-to-all-relationsvol.4Toshinori Kondono.5groovisionsno.5Kuniyuki Takahashino.7Daisuke Oguchino.8Yoichi Yasuda

THE NORTH FACEを知るクリエイター達へのインタビュー

Yasushi Kajikawa

www.synergetics.jp

梶川泰司
1951年生まれ。高校中退後、バックミンスター・フラーの『シナジェティクス』に触れる。1981年、幾何学論文をまとめ渡米。フラーは初見でその論文とモデルを採用。バックミンスター・フラー研究所でシナジェティクスの共同研究に従事。その成果はフラーの遺作となった『コズモグラフィ』(バックミンスター・フラー著/梶川泰司訳/白揚社 2007)に収録された。1986年からバックミンスター・フラー研究所主催のカリフォルニアでのシナジェティク・ワークショップ講師を担当し、1990年、ハーバード大学視覚環境学部のデザインサイエンス・コースの客員講師を務める。フラーが他者に対して初めて認めたデザイン・サイエンティスト。1988年シナジェティクス研究所を設立し、新たなシナジェティクス理論や次世代の移動可能な折り畳めるテンセグリティ構造システムなどを開発してきた。






interview

THE NORTH FACE創設40周年を記念した展覧会『Do More With Less』。そこを訪れた人ならば、円形の会場に設置された白い球状のテントを覆う、黒く美しいテンセグリティ構造体は、 強烈な印象として残っているだろう。そのテンセグリティ・シェルターの設計デザインを手がけたのが、今回インタビューに応じてくれた梶川泰司氏である。バックミンスター・フラーが認めたデザインサイエンティストである彼へ、フラーとの出会い、また、デザインサイエンスという思想など、さまざまな話を聞いた。


はじめに、デザインサイエンスへ興味を抱いた経緯を教えてください。


バックミンスター・フラーの『宇宙船地球号操縦マニュアル』を最初に読んだのは、高校を中退後に土木工事の現場で働いていた頃で、その本から“デザインサイエンス”の思想を知りました。そして、最も感銘を受けたのが“シナジー”という概念でした。宇宙自体が“完全無欠性”を持っているので、小さな“個人”という存在が包括的に思考すれば、専門家や国家のようなシステムに依存しなくても、宇宙の中のこの惑星の有機体生命としての役割を果たすことができる。それは、個人的な動機から学習するには固体的すぎる非包括的な教育システム(動機そのものは教育の対象ではない)の牢獄から脱出せざるをえなかった当時の経験からも、間違いなくそうだと思えましたし、単純にその“個人”に会ってみたいと思いました。


デザインサイエンスとは何かをご説明いただけますか?


より大きく物事を捉えるフラー的観点から定義すると、全人類に利益をもたらす局所的環境制御を実現するための、宇宙的漸進的変化の可能性と地球の生態学的統合性の双方を、総合的に熟慮する包括的に予測可能な方法論によって、最小エネルギー、最短時間、最少物質で達成できる人工物(Trimtab)の量産化計画であり、常に宇宙的な目的論を根拠にしています。


自身にとってターニング・ポイントとなった出来事を教えてください。


バックミンスター・フラー研究所で彼と初めて会った時です。私の手紙と論文を読んで、彼は「あなたはシナジェティクスを深く理解している」と言いました。私はまだ『シナジェティクス』を十分に読んでいなかったので、かなり驚いてしまいました。「これからどういう勉強をしたらいいか」と尋ねたら、「その前にシナジェティクスに関する自分の発見を論文にまとめるべきだ。次に人類最長のデザインサイエンスの学習過程はさらに12年かかる」と言われました。彼が私の年齢と職業を聞いたことはありませんでしたが、私は30歳になったばかりでした。その時フラーは、若者が学習する場合の4つのプロセスについて話してくれました。(1)まず興味を教わることはできないから自分で「発電」しなくてはいけない。「発電」という動機づけは決して教えられない。(2)次に興味あることを前にして、解説書や専門書を読んではいけない。特にまずいのは本を真っ先に読む学習方法が主体になることで、学問をしたいのであれば書物から始める必要はない。では、どうするかといえば、(3)その分野において世界で最も優れた個人に会いに行き、そこで初めて「どういう本を読んだらいいか」と、その人に聞く。つまり、そうして初めて、勧められた本をその人の近くで学ぶことができるのです。ところが、その方法からは絶対にわからないところがある。(4)最後は、関連する仕事場や工場でしばらく働いて、「図面化できないノウハウ」や「記号化されない情報系」を、道具の使い方を通じてその達人や職人、そして、彼らがいる環境から直接学ばなければならない。それらの修行を経て、初めてデザインサイエンティストの場合は物質を、すなわち見えない機能をデザインできる。フラーが言うデザインは、明らかにバウハウスのような形態デザインではありません。複数の原理の相互作用を調整する行為を意味します。つまり、私は42歳までは不完全なデザインしかできないのです。デザインサイエンティストとして環境デザイン(フラーは建築という概念を使わない)に関わるまで、私の残りの12年間をどう生きるかという挑戦は、彼に会わなければ生じなかったという事実に気づいた瞬間に、もう1つの現実を垣間見てしまいました。この瞬間からなすべき仕事と職業との完全な分裂が意識的に始まったのです。


バックミンスター・フラー氏の研究所でシナジェティクスの共同研究に従事していたそうですが、最も印象に残っていることは何ですか?


彼は私の最初の論文のスーパーバイザーを引き受けてくれました。彼は私とシナジェティクスについて喋るとき、私にいつもテープレコーダーを用意することを望みました。当時から、彼のアーカイヴにはそれまでの全ての講義が記録されていたので、膨大なビデオテープもあります。彼は人を“教育”する際に、同時的な理解は求めませんでした。極端に言えば、彼が亡くなった後も、テープなどの記録媒体を利用して何度も繰り返し熟考するうちに突然理解するという関係、つまり電子的で“非同時的”教育でした。言い換えれば、十分な専門的知識がなくても、考えるプロセスに新しい発見がある。そのことで知識が増えるという生得的な知性、つまりデフォルト知性が総動員されていました。彼には、理解にはそれぞれの個人に異なったタイムラグがあるという認識と、アインシュタインの非同時的宇宙観との差は全くありませんでした。


フラー氏と語ったこと、氏から学んだことなど多々あると思いますが、その中で最も感銘を受けた思想や言葉について教えてください。


「宇宙とは、人類が意識して習得し伝達する経験の総体の集合である。その経験は、同時的ではなく、非同質的で、計量可能なものと計量不可能なものが、常に部分的に重なり合い、全体が変形していく現象の全体である」(1961 RBF)。宇宙は大気圏外の領域だけではない。この見解から、人間はどこでも依頼がなくとも自発的に仕事をすることができると学びました。今思えば、学習過程にいながらフラーとの共同研究が始まったように、自発的な挑戦で生まれたさまざまな課題が最も重要な仕事の全体を形成し始めたのでしょう。実際、1995年、直径11メートル、総重量250キログラムの緊急災害用の展開型の超軽量テンセグリティ・シェルターのプロトタイプをデザイン(『宇宙エコロジー』美術出版社 2004 P.352参照)した時、ちょうど私はそれについて成熟すべき年齢に達していました。彼の予測は全く正しかった。彼の数々の科学的予測もこうした千里眼の表れではないかと思います。


代表を務めるシナジェティクス研究所の活動内容と主目的を教えてください。


シナジェティクス研究所は、1986年にバックミンスター・フラー研究所の協力によって設立されました。その後四半世紀を経過しましたが、シナジェティクスはどの公的な教育機関でも未だ統合されて教育されていません。まして、デザインサイエンスがいかにプロダクトデザインと異なっているかを教育する場はありません。日本ではシナジェティクスの原書の翻訳が完成していなかったことに関連しているかもしれません。最近私はようやく、彼の書き下ろしであり遺作となった『コズモグラフィー シナジェティクス原論』(2007 白揚社)を翻訳出版しました。 さらに『シナジェティクス 』をテキストにした、インターネットの双方向による遠隔的な自己学習プログラムを開発しました。シナジェティクスの半年間の講座を経て、動機付けの明確な個人とシナジェティクスとデザインサイエンスの交差する研究開発を実践的に展開しています。私自身が学校という建物がある“場”を、真に興味あることを学習する“場”として選ばなかった、あるいは選べなかったように、バックミンスター・フラーが私の個人教授を引き受けてくれた経験から生まれた方法です。


グラフィック・デザインを始めとする、建築、プロダクト、ファッションなどの形態デザインと、デザインサイエンスという分野、両者の相互性をどのように捉えていますか?


全面核戦争が勃発し全ての人類が滅亡した時を考えてみてください。もちろん、美術館と共に人類がこれまで蓄積した“美的存在”も道連れになります。しかし、科学的諸原理は人間存在と無関係です。原理の存在は超越的なのです。このメタフィジクスは科学的には証明できないけれど、デザインサイエンスが、建築、プロダクト、ファッションなどの学生たちが夢中になる形態デザインに関する伝統的な計画的陳腐化の方法論を拒否する考えを、単純に説明できるでしょう。原理は不可視です。原理は形態ではありません。宇宙の見えない真の機能を人工物に変換した結果としての形態デザイン(または形態美)であり、形態デザインは目的化できないのです。形態デザインがもし自然を模倣することで獲得できるなら、構造デザインの革命は、電子顕微鏡や走査顕微鏡による自然の観察方法がもたらしたに違いありません。


現在、デザイン・サイエンスのアイデアが最も活かされている形態デザインは何だと思いますか?


形態デザインは、あまりにも専門化された分業システムから派生した方法だと思います。なぜなら、自動車の形態をデザインした時には馬車用の道しかなかったので、自動車をデザインする前に道路を建造しなければならなかった。電話システムの発明も同様に、社会的に実現するために必要な電線を作る銅が不足していましたが、高速道路と電話線のネットワークの構築によって、これらの工業製品は経済的に機能的に完成したのです。そして20世紀の後半には無線システムに移行する情報革命が続き、住居もまた経済的に機能的に上下水道とエネルギーネットワークのインフラが要求されてきました。しかし、月に行くための宇宙船にはこれらの固体的インフラは完全に否定されました。この宇宙船の遠隔的なインフラを大気圏内で量産するテクノロジーは、すでに完成しています。そのシステムは無線、無管、無柱です。線と管と柱は、惑星地球でのサバイバルには不要なのです。最も安全で経済的な内部と外部をデザインするための諸原理は、すでに前世紀に発見され、デザインされています。燃料電池もその1つですが、他の天体で生き延びる方法が、この惑星で最も必要なデザインなのです。


近年、「グローバリズム」「グローバリゼイション」という言葉をよく見聞きするようになりました。あなたにとって「グローバリズム」という言葉の真意を聞かせてください。


行動によって、人間はより包括的に学ぶことができます。「Think global, Act local.」は権力構造が作り出した分割思考であり、分割して支配するための分業システムの表れです。 「Think global, Act local.」は、ローマクラブのミレニアムの命令形の標語として世界中に広まりました。グローバリズムは、「Think global, Act local.」と表裏一体で成長した概念なのです。それは、専門分化による経済支配の最終段階を意味しています。歴史的に、グローバルとはglobe(=地球)の分割支配を計画した東インド会社の戦略用語です。グローバリズムは決して太陽系を含む宇宙的視野を含みません。デザインサイエンスは、グローバリゼイションよりもテクノロジーによるエフェメラリゼーション(陽炎化=短命化)を重要視しています。軽薄短小は一種のエフェメラリゼーションの変形した概念で、テクノロジーによる包括性の結果です。


page top